ボーグマン Blu-ray



自分にとっての”ボーグマン”とはなにか。



「そして彼らは自らの集団を強化するため‐地球へ襲来した」


 冒頭のテロップから既にぶっ飛んでいる。内容も異色だ。一般的な映画のストーリーにはキャラクターの目的や、その目的へ向かう動機付け・背景があり、成長を通じて観客の共感を得るものが大半だが「ボーグマン」にはその骨格がない。では、面白くないのかと言われればそうでもない。目的が分からなくとも、ボーグマン一味の奇妙な言動や裕福な一家が転落する様がある種のクセになってしまうのだ。このようなシュール系、ノンナラティブな構成の作品はバイオレンスやエロティック描写等、過激な画や音に傾倒しがちだが「ボーグマン」は極めて真面目で上質である。




*****以下、ネタばれ注意*****




 また、観客は登場人物の誰とも、心を通わすことができなくなるのも今作の特徴だ。間違っていることを正す、漫才でいえばつっこみの役目だが、まともな人間サイドの母親・子供たちが次々と洗脳されていくためカオスな状況に陥る。最大の見せ場である、庭で行われたステージショーは観客をも魅了する怪シークエンスだった。

 ボーグマンとその仲間は何者だったのか??という疑問は最後まで明かされることはない。冒頭の文字列を準えるならば、そのまま宇宙人と考えてよいだろう。人の心に住み着き、拡大を続けるものとして煩悩や欲望の隠喩とも思えたが…彼らはセックスに全く興味がない時点でちょっと違うかと思ったり、テレビが好きだったり、穴に住んでいたり、携帯電話を使いこなしたり、と一貫しない言動こそ魅力なのかもしれない。心酔せざるを得ない、鑑賞者・自分にとっての”ボーグマン”はなにか??っと追求するのも面白いだろう。

 中盤以降、あの怪しげなボーグマンの活躍が減ったのが残念だった。庭師に変装し家に潜入するためにヒゲを剃った姿は、元Jリーガーのリトバルスキーに似ている(笑)

スポンサーサイト



自身のロールを探す旅路


 非常に冷えた、やっかいな映画だ。本編が終わり、暗転、エンドロールを迎えたとき、常套句だが劇場が凍りついたのを覚えている。

 結婚という普遍的な題材ながら、決して解り得ないパートナーの内面を探る物語。ここまで心身が冷え切るも、一定の理解をも汲めるのだから、人間とは斯くも複雑な生物だと改めて感じた。

 ロールプレイングという言葉があるように、「ゴーン・ガール」はロール(役割)に徹するあまり、通常の規範から外れてしまった人々の顛末を描いた作品である。




*****以下、ネタばれ注意*****




 エイミーのロールは、母親が望む女性になること=絵本の「アメージング・エイミー」の通り完璧な女性として生きること。そしてニックと出会ってからは、男性が望むクール・ガールを演じることだった。特に母親の影響が大きく、エイミーの人格を歪め今回の事件に繋がったことは画面から見てとれるところだ。

 一方、ニックのロールは様々である。婚前はエイミーに好かれようとし、エイミー失踪後は悲劇の夫を演じる。彼女の両親に好かれようとし、浮気相手に好かれようとし、失踪の捜索手伝いをするボランティアに、SNSに、テレビのコメンテーターに、マスコミに…。要はニックとは他者に嫌われたくないあまりに、その度にロールを変えていた男なのだ。劇中の「好かれ 嫌われ 憎まれ 愛される」という台詞がそれを象徴している。

 ミステリーで始まり、アドベンチャーとなり、ブラックコメディーが絡む、「ゴーン・ガール」は興味深いほどに不思議な構成だ。多様な要素が混じり合うがエイミーの心情は一貫してぶれていない。今作は、ニック・ダンという男性が自身のロールと結婚の本質を、そこに見いだすまでの旅路でもある。

 バッドエンドが大半の見方だが、終盤のシャワー室のシーンで、エイミーが要求するシャンプーを素直に手渡すニックを見ると、実はお似合いのカップルで、これで良かったかもと思えなくもない。第2幕以降は笑えるシーンが多かった。

 本作で一気に開花したのが、エイミーを演じたロザムンド・パイクである。個人的には喜びのポーズ、両足でのキュートなハイジャンプが記憶に残り、あのジャンプでアカデミー賞ノミネートになったのでは、と思ったほどだ。「アメリ」のオドレイ・トトゥがいつまでもアメリに見えていたように、エイミーのインパクトもまた強い。”脱エイミー”へ”ゴーン・ガール”できるか、女優としての今後を注視していきたい。



■■関連作品■■
ソーシャル・ネットワーク ★★★
アウトロー ★★★

悪の法則 21分拡大版本編ディスク付豪華2枚組 (初回生産限定) [Blu-ray]悪の法則 21分拡大版本編ディスク付豪華2枚組 (初回生産限定) [Blu-ray]
(2014/04/02)
マイケル・ファスベンダー、ペネロペ・クルス 他

映画の詳細を見る



ダイアローグ(対話劇)の後ろで進行しているシステム


 退屈な作品だな、と開始1時間は思っていた。ハリウッドスターは出演しているが、会話ばかりで動きがない。なにより物語の芯が見えないのだ。主人公(カウンセラー:マイケル・ファスベンダー)はどのような立場で何をしようとしているのか、登場人物それぞれが物語を推進させる台詞ではなく、深遠な言葉が並ぶのも何処か堅苦しかった。しかし後半は一変する。

 ラストまで物語が進むと、前半の蛇足に見えた台詞の各々に意味があることが分かる。特にカウンセラーの悲劇を目撃した後に再鑑賞をすると、周囲の警告を無視し安易に裏社会に踏み込んでしまった無防備な様子が際立つ。そのような角度で捉えれば「悪の法則」という作品は2回観ることで、より味わいの増す映画だ。リドリー・スコットの前作「プロメテウス」の出来栄えを個人的に悲観していたが、今回はシャープな映像と演出が戻ってきており、同監督のなかでも上位に位置する作品だと思った。

 本作のポイントは物語の核となる麻薬取引の現場に、主要な人物は近付いていないところ。自分たちの居る場所以外で物事が進むため、本編はダイアローグの積み重ねとなる。またスリリングで動きのある麻薬取引の顛末を後半に置いたことだ。これは脚本のコーマック・マッカーシーの名を一躍世界に知らせめた「ノーカントリー」とは真逆の構造である。「ノーカントリー」では、同じく麻薬取引でこじれた現金入りのブリーフケースの行く末をウェリン・モスとアントン・シガーの攻防をアクション交じりに描くのだが、後半はエド・トム・ベル保安官の捜査と引退の話を軸にダイアローグ中心となるのだ。「ノーカントリー」では動から静へ、「悪の法則」は静から動へといった具合である。共通することは人の欲と理不尽なシステムに巻き込まれた際には止めようがないということだ。




*****以下、ネタばれ注意*****




 強烈なのは”ボリート”。首を締め付け切断する殺人装置である。あれほど裏社会に精通し余裕に振舞っていたウェストリー(ブラッド・ピット)もボリートの餌食に。1度起動したら止まらないシステムという点では本作の教訓を想起させる殺人マシンである。埃っぽい砂地の描写から一変して、ロンドンの都会ど真ん中でボリートに巻き込まれるブラッド・ピットの最期は、ソリッドな音楽と併せ緊迫感抜群だ。

 また、カウンセラーとカルテルのボスのやりとりも興味深い。どこまで懇願しても妻のローラを救出することは無理だと悟るカウンセラー。「犯した過ちを取り消そうとする世界は過ちを犯した世界とはもはや違う。今あなたは岐路にいて道を選びたいと思う。だが選択はできない 受け入れるだけ」淡々と語る口調がなお怖い。慈悲も感情も存在し得ない、動き出せば止まらないアーキテクト、世の常をコーマック・マッカーシーは非情にも描く。


■関連作品■
プロメテウス ★★
イングロリアス・バスターズ ★★★★
X-MEN/ファースト・ジェネレーション ★★★
ノーカントリー ★★★★
テーマ:映画
ジャンル:映画