小さい頃に観た「ランボー」ではアクションばかりを注視していた。タンクトップ1枚、鍛えぬかれた筋肉、銃弾をたすきのようにまとう姿から放たれる、アクションシーンに完全に見入っていたものだ。しかし改めて鑑賞し直すとベトナムから帰還し、居場所がなくなった1人の男のドラマであり、強い孤独と虚無を感じさせられる。
特にラストでの無人の警察署に銃弾を撃ちこむシーンは社会に対する怒りと、ベトナム後遺症から逃れられない叫びにも見え、戦争の悲惨さや虚しさをより際立たせていた。またそれらは暴力を示すことで非暴力をも訴えており、少なくともパート1にはそのような記号が作品中には点在しているように思える。
田舎の町並み、白い雪が仄かに残り巍然とそびえる山脈など激しいアクションの背景は、静的で厳しい寒さを思わせるものばかりだ。作品全体のトーン・色彩も抑え気味であり、それらの画がランボーの孤独を助長させている。
ランボーの特徴をトラウトマン大佐が説明するシーンがあるのだが「(ランボーは)ヤギが吐いた物も食う」という台詞が衝撃的過ぎた。自然の中でのサバイバル戦を得意とし、圧倒的大多数の敵にも屈しない彼を応援したものだ。
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ランボー ★★★ランボー/怒りの脱出 ★★★ランボー/怒りのアフガン ★★★ランボー/最後の戦場 ★★★