4ヶ月、3週と2日 デラックス版4ヶ月、3週と2日 デラックス版
(2008/09/10)
アナマリア・マリンカローラ・ヴァシリウ

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あまり触れることのなかったテーマ


 「4ヶ月、3週と2日」は2007年度、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを獲得した作品だ。パルム・ドールはその年の審査委員長によって大賞になる映画のトーンが異なるため、そういう視点からも鑑賞するのが楽しみである。今作はヒューマンドラマなのだが、これまであまり触れることのなかったテーマ選びと緊張感を持続させる演出が特に素晴らしかった。

 劇中には大きく分けて3つのストレスが存在したのだが、作品を嫌悪するストレスではなく物語性を高める要因としてそれらが上手に機能していた。以下、そのストレスを挙げてみる。

1.目的や展開が見えにくい
 今回、内容に関して一切の情報を断ち鑑賞したのだが、冒頭からしばらくしても映画のテーマが全く分からなかった。35分が経過した辺りで核心に迫るキーワードが登場。物語の輪郭が見えてくるのだがその後の展開も読めないため、最後まで飽きることなく集中して鑑賞できる。起承転結や時間配分が読めない構成である。




*****以下、ネタばれ注意*****




2.見えないという恐怖、見せすぎない演出
 今作の登場人物は主人公とルームメイトの2人を中心に展開され、キャラクターの数はそれほど多くはない。ほとんどが主人公の視点で描かれるのだが、なにか重要な出来事がおきると視点が入れ替わり、そのシーンは見せずその後に結果が分かるというハパターンが確立されていた。それはトイレの壁であったり、電話であったりと、一定の隔たりを設けることで見せない恐怖心を煽っている。長回しの1ショットが多いのだが、なかでも誕生日パーティーの長回しが印象深い。他愛もない会話のなかでの主人公の動揺。そこに居ながらにして、会話に集中できないという、日常にある事象を見事に表現していた。

3.誰とも交われない主人公
 物語の軸に中絶があり、ルーメイトのガビツァを助けるため主人公のオティリアが様々な行動にでる。鑑賞したほとんどの人が感じるのは、助けられたガビツァの態度だ。彼女は自分が堕胎したにも関わらず、どこか他人行儀でありオティリアにも素っ気無い素振りを見せていた。堕ろした胎児をダスターシュートに投げ入れる間の沈黙と音。暗闇に響き渡った鈍い音が頭から離れなかった。友人を助けるために法を犯し、生命を捨てる行為を全うするが誰とも交われないオティリア。彼女の孤独はラストシーンの表情で読み取れる。

 以上のように作品からうけたストレスは物語のテーマを深く心に刻む要因に、そして社会が抱える様々な問題点に直結するように仕組まれている。貞操観念の崩壊や性の若年化が進むならば、今作を鑑賞することが最大限の抑止力になるのではと思うほどの衝撃だ。中絶代金を払えず、足りない分の見返りとして医者に身体を許す女性、これほどブラックな味付けのジレンマも、そうあるものではない。
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テーマ:映画感想
ジャンル:映画
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