ノルウェイの森 【コンプリート・エディション3枚組】 [Blu-ray]ノルウェイの森 【コンプリート・エディション3枚組】 [Blu-ray]
(2011/06/22)
松山ケンイチ、菊地凛子 他

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 「ノルウェイの森」を鑑賞して、あまりに有名な小説を映画化する難しさ、そして物語を語るメディアには文体に向き(映像化に不向きなもの)、映像向きの2種類があるのでは、ということを考えさせられた。

 原作の小説は1065万部発行され、日本の国内小説累計発行部数歴代1位を更新し続けており(パンフレットより抜粋)、現在文学のいわば頂点に君臨している作品である。1000万部以上発行されているということは、1000万通りのワタナベ、直子、緑が読者毎の頭にあり、1000万通りの情景や好きな場面、解釈が存在することになりかねない。この時点で万人が納得する映像化の成立が困難なものになる。

 自分は原作未読の状態での鑑賞だったが、映画のみで「ノルウェイの森」を眺めた場合、登場人部の思考や行動、物語の筋にはほとんど共感・理解が出来なかった。特にワタナベとレイコの情事。その流れや台詞に関しては、相当に行間を読み解く力がないと理解できないのだろうなと思った。恐れ多いことだが、映画のみでの本心を言えば”理解不能”に陥った状態、頭の中が疑問符でいっぱいだった。

 今回の映画化にあたっては、かなりの時間を使い村上春樹のOKを待ったようだ。何度も映画用の脚本をリライトするなど、実に4年の歳月を要したとのこと。(パンフレットより)つまり、映画の細部に渡るまで原作者のチェックが入っていることになる。これにより、(想像ではあるが)原作に遵守し過ぎた映像化を行ったのではないだろうか。登場人物の細かなエピソードが省かれているために行動が唐突に感じ、小説の最初から最後までを描こうとしたために、転換がぶつ切りな印象を与えてしまったのではないか。小説から映画へ。世の中、全てのそれらが失敗している訳ではない。成功した例を考えれば、そこには監督の強い主張があった。トラン・アン・ユン監督のオリジナリティがもっと前面に出れば映像に即した「ノルウェイの森」が完成したのではなかろうか。もしくは元来「ノルウェイの森」という物語自体が、かなり文体寄りの作品だったとも言えないか。

 出演者の松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子の是非はあるだろうが、個人的にはプレッシャーのかかる作品で善戦していたように観えた。映像のみでいえば、草木の緑・草原の風や60年代後半を再現した小道具が印象深い。

 小説を読めば今作をより深く理解できるのは間違いない。しかし映画は映画である。映画単独で、その世界を、想いを伝えることが出来なければ、わざわざ映像にする必要はないと思う。


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