自身のロールを探す旅路


 非常に冷えた、やっかいな映画だ。本編が終わり、暗転、エンドロールを迎えたとき、常套句だが劇場が凍りついたのを覚えている。

 結婚という普遍的な題材ながら、決して解り得ないパートナーの内面を探る物語。ここまで心身が冷え切るも、一定の理解をも汲めるのだから、人間とは斯くも複雑な生物だと改めて感じた。

 ロールプレイングという言葉があるように、「ゴーン・ガール」はロール(役割)に徹するあまり、通常の規範から外れてしまった人々の顛末を描いた作品である。




*****以下、ネタばれ注意*****




 エイミーのロールは、母親が望む女性になること=絵本の「アメージング・エイミー」の通り完璧な女性として生きること。そしてニックと出会ってからは、男性が望むクール・ガールを演じることだった。特に母親の影響が大きく、エイミーの人格を歪め今回の事件に繋がったことは画面から見てとれるところだ。

 一方、ニックのロールは様々である。婚前はエイミーに好かれようとし、エイミー失踪後は悲劇の夫を演じる。彼女の両親に好かれようとし、浮気相手に好かれようとし、失踪の捜索手伝いをするボランティアに、SNSに、テレビのコメンテーターに、マスコミに…。要はニックとは他者に嫌われたくないあまりに、その度にロールを変えていた男なのだ。劇中の「好かれ 嫌われ 憎まれ 愛される」という台詞がそれを象徴している。

 ミステリーで始まり、アドベンチャーとなり、ブラックコメディーが絡む、「ゴーン・ガール」は興味深いほどに不思議な構成だ。多様な要素が混じり合うがエイミーの心情は一貫してぶれていない。今作は、ニック・ダンという男性が自身のロールと結婚の本質を、そこに見いだすまでの旅路でもある。

 バッドエンドが大半の見方だが、終盤のシャワー室のシーンで、エイミーが要求するシャンプーを素直に手渡すニックを見ると、実はお似合いのカップルで、これで良かったかもと思えなくもない。第2幕以降は笑えるシーンが多かった。

 本作で一気に開花したのが、エイミーを演じたロザムンド・パイクである。個人的には喜びのポーズ、両足でのキュートなハイジャンプが記憶に残り、あのジャンプでアカデミー賞ノミネートになったのでは、と思ったほどだ。「アメリ」のオドレイ・トトゥがいつまでもアメリに見えていたように、エイミーのインパクトもまた強い。”脱エイミー”へ”ゴーン・ガール”できるか、女優としての今後を注視していきたい。



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2015/09/18(Fri) 10:17 |  |  | 【編集
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